とけておちる

聖杯戦争も終結し、なにが起きたか衛宮士郎と主従としての契約を交わすことになっていた。自身も同意したこと、ではあるのだろうが気が付けば契約が完了していたこともあり何故為されたのかは未だわかってはいない。けれどこちらから聞くこともできずにいて。それでも流れる時は穏やかになりつつ、これはこれで日常と言われるものなのだろう。

そんなある日の昼下がり。屋敷の掃除途中に見つけた縁側に丸まった子供を起こすべく近寄っていたはずなのに。普段から突っかかってくるか気まずそうにしている姿とは異なるその穏やかな寝顔に、少しくらいそうしていれば可愛げもあるだろうがと言いかけて日頃のお互いの行動を顧みたところでそんな表情を己に向けるはずもない。そもそも日常生活の中、顔を合わせることも、言葉を交わすことすらも少ないのだから。
――と、見慣れぬそれについ見入っていたことに眉をひそめた。
「おい、起きろ。そこにいると邪魔だ、せめて部屋に――」
軽く頬を叩いても起きる気配がない。かつての己はこんなにも寝汚なっただろうかと首を傾げても答えが出るはずもなく。いっそ持ち上げて運んでしまった方が楽なのではないかと考えていたところでようやく目がさめたのか、しかしぼう、と焦点の合っていない瞳。
「んー……」
こちらに視線を向けたかと思えばとろり、微睡みにとける琥珀に思考を奪われた。
「あー、ちゃぁ」
頬にあった手にそっと力ない手が添えられて。ふわりと笑みを浮かべられた。簡単に振り解くことができるはずのそれが躊躇われるのはどうしてか。
「ごめんな……おまえがここにいるのはつらいってわかってるけど……」
手放してやれないや、と。とけた瞳のままそんなことを言うから。
「ばかものが」
「うん、だから、ごめん」
ふわふわと微睡んでいたそれが途端暗く、伏せられる様に、固まった思考を取り戻した。何をたわけたことを。大体嫌だというのならこんな風に接するものか。大体
「ならば貴様はどうだというのだ。私が近くにいるのは……やはり、つらいか」
「そんなわけあるか。だっておれ」
あんたのことすきだし


「……は、」
それがどういうことか、頭が考えることを放棄した。ぽつりとかすかにこぼされた音はすでに耳に入ってきていない。
何故、そんなことを言ったのか。たわけか貴様。オレはお前を殺そうとしただろうが。そんな奴に好きだなど。うまく働かない脳内を流れる言葉はそんなことばかり。だが、一番のたわけはきっとそんな告げられた言葉を厭うことのできない自分自身か。
言われた言葉を受け取るのに体感では何分、何十分すぎたのかと思うほどの時間だったがそれは精々数十秒のことだったのだろう。
ふと意識を目の前の子供にやれば赤く染まったかと思えば一転、さっと血の気が引いて真っ青になっていた。
「ち、ちがう、おれ、今、何を……っ」
ガタガタといっそ哀れなほどに震える姿につい、手が伸びた。
が、
触るな、と。言葉にするより遥かに雄弁に全身であらわされて接触どころか接近すらも拒まれ。どうしたものかと考えるよりも先に縁側から中庭へと飛び出していったそれを、簡単に逃がしてやれるほど私も出来た人間ではない。

まずは、捕まえるところから始めようか。

2013/02/07