なまえをよぶ

 射光カーテンのあいた向こう、朝日の眩しさに目を細めた。
 こうして朝を迎えるのは何度目だろう。数え切れないほど繰り返したせいか、寝起きには少しキツい陽の光を容赦なく取り込む人にも慣れた。
 本音を言うなら。起きるべき時間はもう少し後なのだから、それまではのんびりと微睡みに身を任せていたいのだけれど。
 暗闇のなかではあまりにも白くて。まるで血の通わぬもの――死体、のようにも見える姿が、光を浴びてひとに戻る瞬間がそれなりに気に入っているから。この眩しさを受け入れている、とは知られてはいない。筈だ。
 このひとは自らを魅せることを意識していないときがいっとう美しいと言ったらアイドルなのにと困るだろうか。そこが課題点だと笑うだろうか。それとも。

「そ、らが。綺麗だな」

 ふわふわと浮わついた意識を戻した声は朝特有の――というよりも昨夜の名残で掠れている。以前はわざとらしい声をあげていたものの、それが不服で一度思いっきり。それこそ声が枯れるまでと啼かせ続けたら次は声を圧し殺そうと無茶をするようになった。喉の奥から漏れる呻き声はたまに痛々しい。
 結局。そういうことじゃないんだけどなーと文句を口にしたらもう少し待ってくれ、と情けなく目を反らしたひとに請われたので今はまだ大人しくしているが。
 どうやら自分はこの人に関して。気は、あまり長くないらしい。
どうせなら素直な声が聞きたい。この期に及んで心の準備ってもんがあるとよくわからない悪 足掻きをするおとなにはそろそろ諦めてもらおうかと画策している。
 心の準備、なんて、そんなの今更だろうに。

 ああ、でも。これはそれだけじゃない。
 このひとが他人の名を呼びたがらないのは知っていた。誰に対しても呼び掛けは姓、特にそれを気にしたことはなかった。恋に浮かれる乙女でもあるまいし、名前を呼ばれたいと思ったことも、言ったこともなかったのだが。
 こうして想楽、と言い損ねた音を何度も繰り返されれば嫌でも意識する。
「空がどうかしましたかー、葛之葉さん?」
 葛之葉、と強めに呼び掛けた瞬間眉が困ったように動いたのを見て口角があがる。
 名前で呼びたいなら呼べばいいのに。そう、素直に言ってあげるつもりはない。きっとこのひとなりの信念があって、だからこそ呼べないのだとは思う。
 が。まどろっこしいことをする人には少しくらい意地悪しても許されるよねー、と言い訳をしながら。北村、と参ったように呼ぶ声にそのまま葛之葉さんと返す。幾度か繰り返せばしょんぼりと垂れ下がった耳と尻尾が見えるようで憐れだ。
 無理強いしたいわけでなし、この辺にしておこうかと口を開きかけた瞬間。

――想楽

 掠れて消えそうな程小さく呼ぶ音がして思わず跳ね上がる。仰ぎ見た先のひとの白い肌は真っ赤に染まっていて。
「なんですかー、雨彦さん」
 見なくたってわかる。いま、じぶんは。酷いかおを、している。呼ばれたいと思っていなかった筈。けれど崩れそうになる表情を取り繕っても今更か。
「いけず」
 ふい、とそっぽを向く姿が幼く見えて。
「雨彦さん」
 呼び掛けに振り返らず先程の意趣返しのつもりかこちらをないひと。それでも見える喉は何かを飲み込むように動いた。

 

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こんな話書いておいてなんですが通常運転の弊社雨彦が想楽と呼ぶ日は来るのだろうか…

2018/05/09