ぐだぐだ影及

おれはおまえがきらいだったよ、と。あまりにもきれいな笑顔で告げられて。それですらうれしいと思ってしまった自分は既にどうかしてしまっていたんだろう。

嫌われるのはいやだった。こんなにもきれいで目を奪われたひとは始めてだった。
だから、無視されるのはもっと怖くて。
一度だけ、本当に殴られるかと思ったあの日以来、及川さんの苦しそうな表情は影を潜めて、反対に穏やかできれいなのにどこか恐ろしいと感じるものが増えていったような気がする。
だからもう、あんな純粋にキラキラとしたあのひとを見ることはもうできないと思っていたのに。及川さんたちの卒業式。最後に話したあの日、きらいだったという言葉に、その姿に、初めて心を奪われたあの時と同じ――もしかしたら、それ以上の輝きが見えて嬉しくって、けれどもどうしてこんなにも綺麗に見えるのかが不思議で。
それを知る機会も、尋ねたところで応えてくれるひともいなかったのだけれど。


 * * *


中学卒業から二年、あの憎たらしくくそかわいい後輩に会うことも会おうとすることもなかったが。王様だなんてずいぶんと仰々しい――かっこいいと思ってしまったのは内緒だ――異名をつけられた、と風のうわさに聞いて少しだけ笑ったのだった。ああ、それだけで済めばよかったのに、現実なんて残酷なだけで。

おれが脅威と感じたあいつはこの程度でつまずくような選手だったかと安堵する気持ちと腹立たしさがない交ぜになってぐちゃぐちゃになった。
周りがすべておまえのように動けるわけでもないのに、と。その傲慢さを笑えばいいのか一人でもついてこられるような相棒を見つけることができればいいと願えばいいのか。
この程度で潰れる天才なんて所詮偽物だったと笑ってしまえれば良かった。けれどその程度で折れる心ではないと知っているし、その程度で潰れられても困るのだ。
だって、俺がこの手であの後輩を、天才と言われるあの雛鳥の心を折り、膝を地につかせ、完膚なきまでに叩きのめすのだと心に決めていたのだから。

あの瞳が嫌いだった。真っ直ぐで純粋で余計なものが入る余地すらないあの眼差しが。
あの目に後ろから追いかけられて追いつめられて。逃げる隙も与えられずなけなしの余裕ですら奪われていって、苛立ちと息苦しさを常に感じていたのだけれど。

それでも一度吹っ切れてしまえば、憎たらしくもカワイイカワイイ後輩のひたすら真っ直ぐで純粋なバレーへの態度には好感が持てなくもないわけで。

「やんなっちゃうよね」

ライバルとして、先輩として負けるわけにはいかない相手で、徹底的に完膚無きまでに叩きのめす予定でもあるが、中々どうして嫌で嫌で仕方なかった筈の後輩のあの目が嫌いではないのかもしれない。……いやいや及川さんそんなこと認めないよ、あーやだやだ。なんてちょっとした攻防戦が己の中で繰り広げられるほどになっていたことに気がついたのは、携帯に保存された己に頭を下げる後輩の写真を眺めていた時だった。

……そもそもこの写真が長々と残されたままなことが問題で。ひとしきりトビオちゃんってばカワイーぷーくすくすと笑って削除される予定だった、はずなのに。 何度消そうとしても結局やめてしまうのは、あの時の声に、あの真っ直ぐさに、鮮烈でいて薄れていた少し遠い記憶、同じ元凶によってかけられた言葉を思い出したからなのかもしれない。

まだ焦る気持ちの最中にあったとき、一度だけ聞いたことがあった。

「ねぇ。どうしてそこまでして俺に拘るの?」

見ている限りではほかの部員にはここまで必死になっているようには見えない(し、聞いている姿を見かけない)のに、何故ここまでして邪険に扱われると分か
っていながらつきまとえるのか、純粋に不思議でもあったし、苛立ち混じりの己の声はそうとうキツかっただろうに、それでも

「だって、及川さんのバレーが一番好きだから」

なんて真っ直ぐに飾り気のない言葉でこちらを射抜くから、一瞬毒気を抜かれたのだけれど。
けれどあくまで一瞬のことで、余裕のなかった自分には僅かとは言えさらなる苛立ちへの燃料投下としかならず、それが晴れた後には既に己の中には苦い記憶として蓋をされ、結局今の今まで思い出されることはなかった。

そしてそのまま思い出す予定もなかったというのに。
ああ、いやだ、とため息をついた。


「あ、及川さん」
「げっ」

いやなタイミング、なんてぼやいてみたところで現実は何も変わらない。
少しだけくだらない話をして、バレーの話になってやはりサーブを教えてくれと請われて断って。少しだけ懐かしい痛みを抱えた別れ際、少しだけ魔が差した。

「ねえ飛雄」
「はい?」
「なんで俺にこだわるの」

コーチもほかに聞けるような身近な先輩もいるだろうにいまだ隙あらば俺に聞く姿が懐かしくて、ついいつかと同じ問いを口にした。

「及川さんが好きだから、です」

こたえることばもまなざしも、あのころと変わらない真っ直ぐな純真さのまま――
ちょっと待て

「あ、」

しくじった、と表情を歪めて固まる姿に今のは聞き間違いではないと悟る。
どうして、なんで、今までされてきたことを覚えていないわけではないだろうに――そもそもどうしてそんなことを言われて嫌悪感を抱かないのか。男に、しかも飛雄に好きだなんて言われて?
混乱しかけた思考のなか横を駆け抜けて行こうとする姿が視界に飛び込んで。

「待てこら!」

通り過ぎた瞬間の表情に、揺らぐ黒い瞳に自分が映っていないことが無性に腹が立ったから。
とりあえず捕まえてその意図を吐かせよう。それからでも遅くはない……なはずだ。消せない写真の理由を考えるのも、わからない感情に答えを出すのも。

2014/07/07